3
長くて壮絶だった今年の梅雨も、何とか西から明けてゆき。となると、今度は“真夏日”だの“この夏の最高気温を更新”だのというフレーズが、毎日のニュース番組のご挨拶の枕詞と化す日々の始まりで。やっと聞けた蝉の声さえ、うだるような暑さとやらの先触れのように聞こえてくる。
「けど、この辺りは七月中に梅雨明けは無理らしいってな。」
かくいう今日のお空もちょっぴり雲が多い関東地方だったけれど、まだ朝のうちだってのに生暖かい温気が垂れ込めたお外の空気は、妙に馴れ馴れしくもシャツの中にまでもぐり込んでは、肌へぺたりとまとわりついて来るのがちょっぴり鬱陶しかったりもし。
「陽が射さない方が気温は上がんねぇんだろ?」
そんなことを訊いて来たルフィが、早くもうっすらとおでこにかいてた汗を、大きな手のひらでぐいっと拭ってやりながら、
「らしいが、これから向かう先は海の傍だからな。そっちの意味からの湿気も多いぞ?」
逆に言やあ、晴れてた方がカラッとしていて心地いいかもで。
「いっそ車の免許とか取っときゃあ良かったかな。」
二人して乗っていたJRの車窓から見えたのは、線路に並行して走る幹線道路で。平日の午前だのに…学生だろうか、いかにも遊びに行くんだといういで立ちの連中が乗った車がやたら目についたのへ、何の気なしに呟いたゾロへ、
「…免許って。」
小さな坊や、何かしら相当に意外だったらしく。上背のあるお兄さんのお顔を、その大きな瞳を点にして見上げてみたりして。
「何だよ。」
そんなにも突拍子もないことを言ったかよと、不本意そうなお顔で返せば、
「いや…何か、凄っごい不思議な取り合わせだなって思ってサ。」
そいやゾロって免許持ってても訝おかしかない年齢ではあるもんな、外見は。あんまり込み合ってない快速の車内だったので、それでもこしょこしょと囁くようにしてルフィが言えば、
「不思議?」
意味が把握出来なかったらしい破邪さん、小首を傾げて見せたものの、
「だって、ゾロって普段はひょひょいって一瞬で移動しちまうじゃんか。」
そんな存在が“車の運転免許”はなかろうと思ったらしい。無論のこと、
「あのな…。」
ゾロがおいおいと呆れたのは言うまでもない。そりゃあ彼は、所謂“この世のもの”ではないからね。免許を取ろうにも素性や何やの届けが出来ない…じゃなくってだな。
「そういうこと、昼日中からそうそうひょいひょいって出来ゃしないだろうがよ。」
「そだなvv」
内緒なことだもんな、俺とゾロだけのvv 今度は眸を細め、きししとお口を真横に引きながら、そこが嬉しいとルフィが何とも素直に笑う。窓から差し込むのは、ちょうど雲間だったか、そこから降り落ちて来た夏の陽光。楽しげな笑顔を照らして…というよりも、その笑みに誘われたかのようでもあったタイミングへ、
「………。」
「? ゾロ?」
見とれて表情が止まったのへこそ、どした?とキョトンとされてしまい、
「…何でもねぇ。」
も一度おでこを撫でてやり、これでもな、ご近所の奥さんたちからも勧められてはいたんだぜ? 免許取ればいいのにって。そんな方向へと話を誤魔化せば、
「そだろな。ゾロって新しい電化製品とか何でもすぐに扱えて、結構器用だしな。」
そのままそっちの話題へと素直に目が向き“取って来い”してくれた坊やだったのへ、内心でホッとしてから。
「けどまあ、車でも道が混むんじゃああんまり便利でもないか。」
窓の外、やはり海岸へと向かう路線だからか、それなり込み合い出してる様相を視線でもって示してやれば、ルフィもあわわ…なんて同情のお顔。ああいう渋滞になると、いくら冷房かけてても車ん中って暑いんだよな。国体とか選手権とかに行くの、マイクロバスでの移動ってのが結構多いんだけど、窓が大きいから陽が射して来て大変なんだぜと、やっぱり一端のご意見をたれて下さり、暑いのがいかに苦手かをこぼしつつ。
「それにしちゃあ…。」
「ねぇvv」
小さな肩や二の腕なんかを、お隣りに立ってるお兄さんの降ろしてる腕のどこかへ、いつもぴとりとくっつけている。涼しげな着こなしということか、肩の位置が微妙に合ってないかもという大きめのTシャツに、膝丈のカーゴパンツは浅い青。体の幅より少しばかり大きめのデイバッグを、しかも目一杯膨らませて背負ってるせいで、小学生の遠足ですかと思わせるよな風情の坊やと。体の線を引き締める濃い色のTシャツに、ストーンウォッシュらしきGパンにスニーカーという、こちらさんも軽装っちゃ軽装ながらも…上背はあるわ、胸高に組まれた二の腕や前腕のまとわせた筋肉の締まりようの雄々しさとか、その気になって注視すれば、只者じゃなさそうなのは見て取れるから。バランス的には奇妙な組み合わせの二人連れは、なのに…汗をふいてやりの、懐いてくっつきのといった仲睦まじいところが、こんな場所でも妙齢のお姉様がたからの注目を浴びており。
「あ〜ん、あのお兄さん、明日の会場の設営スタッフだったらいいのにな。」
「あんな小さい子連れてて それはあり得ないって。」
…そうか。そういう人たちか、お姉さんたち。(笑)
「でも、これに乗ってるってコトはお台場じゃん。」
「あ、知らないんだ。」
「何よ。」
「その先に、夏休みだけ臨時で、新しいモノレールだか何だかが運行されてんだってよ。」
細っこい鼻すじの上、細縁のメガネをちょちょいと指先で押し上げながら、小ぶりのカートバッグを提げてたお嬢さんが言うには、
「開通したての海底トンネル通って、東京湾内のどこかへの直通便で。舞州って仮名のついてる人工島にノンストップで行くらしくってさ。」
「あ、それあたしも聞いたことある。」
「ドラゴンメイデン、でしょ?」
さすがはその筋の(おいおい)方々だけあって、関心がなくたって情報には間近だったか、一般の方々よりもなかなかお詳しい模様。
「何でも、ホテルからレストランやブティックにプールに温泉、コンサートホールに美容院に郵便局に図書館までと、小さな街みたいな規模で何から何まで揃ってるテーマパークで、しかも、ちょっとエキゾチックな敷地のどこででも、ゲームのコスプレし放題だって話でサ。タケさんがありとあらゆる雑誌とか玩具やお菓子に至るまで、懸賞やモニター募集をやってないかって調べまくって、何とか“ペアでご招待”っての当てたって大はしゃぎしてたよ?」
「あ〜。タケさん、そっち系の好きだもんねぇ。」
「あ・そっか。じゃあ、あのお兄さんはキャストの人かも知んないね。」
「荒野のはぐれ騎士、ブルームハルトとか?」
「え〜〜〜? 闘技場の聖剣士クレイシスだよ、絶対。」
「…子連れで?」
「あ、じゃあじゃあ、荒海の海賊、クロッセウスとか?」
「唯一の子連れキャラだもんねぇ♪」
きゃはは…vvと明るく笑い転げるお嬢さんたちへ、誰が“子連れ”かと、頑丈そうな額の隅に青筋立てて、ついついツッコミたくなった誰かさんはともかく、
「あれ? あ、ちょっと待ってよ。」
「何なに?」
「じゃあ明日のイベント、タケさんは? その先行プレミアとかいうの、今日の晩から何日間か、なんでしょ? そっちに行くってことはこっちには来ないってことじゃんよ。」
「あ、そか。」
「まさか、新刊落としたの?」
「あっはっは、そこまではサ、怖かったから聞いてないよう。」
「訊き返されるのが、でましょ?」
「オフセットは無理だったけど、今夜頑張って製本して、コピーの無料配布するもん。」
「おー、偉いぞ、ヨネちゃん。」
「どうせ寝ないと思うから、あたしらも手伝うよんvv」
「ありまと〜〜〜vv マキさん、ついでのスケブにサブローさん描いて〜vv」
「おいおい、調子に乗らないよ〜に。」
………なんか専門的なお話になって来ましたので(笑)、聞き耳立てるのはこのくらいにするとして。(苦笑) ルフィが当てたという駄菓子のぱふぱふとやらの他にも、ご招待懸賞はやってたようで、
「舞州っていうのも仮の名前だったんか。」
思わぬ熱が入ったそのせいでか、途中から遠慮のない声での会話になっていたので。ルフィにも聞こえていたお姉様たちの会話であり、
「パンフには“ケルベロス島”って書いてあったけどな。」
どっちにしても…現実的な舞台裏が望んでなかったのに覗けたみたいで、何だかつや消しだなあなんて言ってる坊やへ、
「まま、交通機関を通すための名前ってのはどうしたって要るんだし。」
そのっくらいは公にだってなっていようさと、ゾロの側が現実的な理屈というのをフォローしてやってるってのも、よくよく考えりゃ妙な話だが、それは今更だから置くとして。いよいよのイベント参加当日と相成ったらしきお二人さんであり、
“そういや世間様もまた“夏休み”なんだよな。”
自分チの坊やがそうだったってのに、他は“うか〜っ”と視野になかったか。何でまた平日なのに結構若いのが電車に乗ってんだろかなんて、とんちんかんなことを思ってたらしい破邪殿だったらしくって。そんな彼女たちから話の肴にされてしまったのへ、何とも居心地の悪そうなお顔をしていたものの、
「…ゾロもコスプレすんだぞ?」
そんな迷惑そうな顔するなんて、ホントは心底 嫌だったのかしらと。さっきまでは溌剌とお元気そうな笑顔だったものが、ちょっぴり俯いての上目遣いになっている。そんなお顔を見せられた日にゃあ、
「嫌です、とは言えねぇわな。なぁ?」
「………何で貴様が此処にいる。」
唐突なご登場と同時、がっしとばかり、長い腕をその首っ玉に回してみたりしてやったもんだから、途端に先程のお嬢さん方の輪がキャワキャワvvとなかなか華やいだ歓声を上げたのも無理はなく。
「サンジ?」
自分の着替えなんかじゃあなく、ルフィのおやつだ何やが詰まってるゾロのよりは小さめの、ボストンバッグを1つ提げての、いかにもお出掛けなんですよというスタイルで現れしその人は。彼らのよくよく知ってるお友達こと、聖封一族の御曹司、サンジさんではありませぬか。さすがに…行楽地へ向かうのにいつものかっちりした格好ではバランスが悪いからか、今日のいで立ちはカジュアルな型のサマージャケットに浅色のデザインシャツと木綿のパンツルックという、なかなか軽やかなスタイリングであり、
「まさか…。」
「そ。俺もご同行させていただこうと思ってな。」
あ、でも俺はスタッフ側だからな。向こうに着いたら一旦は別れっけどよと、しゃあしゃあと言ってのけ、
「なかなか楽しそうなトコだっていうじゃないか。」
さすがは夏に開催の先行イベントで、あまりに露骨な肌の露出はチェックが入るそうだけど、どこのビーチですかというような、ビキニやボンテージスタイルのキャラが山ほど出て来るゲームのコスプレ、趣旨をよくよく知らなくとも目福には違いないと、何だか期待を大きく膨らませているらしきお兄さんであり、
「…サンジってこういうキャラだったっけ。」
女好きなのは知ってたけれど、此処まで見境がないとはと。その点へは少しほど、意外だったらしいルフィが引きかけていたものの、
“………何かあったか?”
ゾロの思ったところはさすがに別で。元来、何か起きてからでも余裕で駆けつけられる身のくせに、それが…常に近間にいないとと考えての構えならば。ルフィの無事をと慮る上で、余程のことが予審の段階にて得られたとみるべきで。
「ゾロ?」
「あ? ああ、いや。」
何でもねぇとどこか曖昧に応じてから、路線終点の駅へと着いたことに気がついて、凭れていた壁から身を起こす。護る側の自分の言動でルフィを不審がらせていては世話はなく。大きな手のひらを伏せるようにし、猫っ毛の乗った頭をくしゃりと掻き回してやれば、何だようと楽しそうな声と笑顔が返って来たから…ホッとして。蒸し暑い温気の分厚いホームへと、降り立ったご一行だったのであった。
←BACK/TOP/NEXT→***
*このシリーズに限っては、
ゾロやサンジさんが車の運転するのはちょっと似合わない気がするのって
私だけでしょか?
次空移動出来る精霊さんだからってだけじゃなくって、
ハンドルやギアに両手取られてる図が何かこう、違和感満載でございまして。
甘えかかるルフィに、ちょこちょこと触り返して構ってやってる、
そんなお兄さんってイメージが強いんでしょうね。
サンジさんはきっと、
周囲の女の人に目が行って凄んごく危ない気がするし。(笑)
ちなみに他のシリーズでは、
『蒼夏の螺旋』のサラリーマン・ゾロも
護衛官ゾロも怪盗ゾロも、ぱぴぃのパパさんゾロも、
皆、ちゃんと免許持ってます。(ロロノア家は…無理かな?)
『蒼夏の螺旋』のサンジさんも一番最初の話でレンタカー運転してたんで、
免許は…きっと偽造してたのね、うん。(素性からして怪しかったし…)
|